昨日の早朝、ダイブマスターの講習に1ヶ月間我が家にスティしていたタエが日本に帰った。妙(みょう)と書いてタエと読む。彼女は初対面のときコソコソと私から逃げていった女だ。ダイブマスターを目指すなら当然泳げるだろうと思ったがドラエモンのように手を丸めて水をかき25Mでハアハア息が上がっていた女だった。一ヶ月もマウイに来るのにパンツを1枚しか持ってきてない女であとは水着で過ごしていた。初対面のオレに向かって「ヒロさんってヤンキーだったでしょ」とか「シワが多いですねぇ」などとほざく女だ。友人の新進気鋭アーティストのKAZに「高校生のときはリーゼントでしたか?」などともほざいていた。こんなクソッタレ24歳だが話を聞くとなかなか面白く宮古島、オーストラリア、パラオ、バリ、その他色々な島々で迷惑をかけながら垂れ流し旅行をしてきたらしい。「何でマウイに来たんだ?」と聞くと「何となくすごい島だと思った」と答えた。ここまでけなしても面倒見てやろうと思ったのは毎日自転車でキヘイのプールに通いそこの熱血インストラクターにしごかれながら見事に400M11分(決して早くはないが)で泳げるようになったり、カナとのダイエット競争で夕飯リンゴ1個の生活を続けるほどの根性があり、パンツは1枚しか持ってこなかったがそこそこの胸の大きさをしていたからだろう。(笑)。
こんな仕事をしているといろんな人に会うが久しぶりに面白い女に会った気がする。彼女は来年の6月から1年かけて世界一周の旅をするらしい。当然やばい国にも行くわけで「お前襲われたらどうするんだ?」と聞くと「コレだけは付けて、と頼みます。」とコンドームをいつもポケットに入れているらしい。なんだかその話を聞いてますます心配になる反面、その覚悟に反対は出来なくなった。よい時を摘むんでいって欲しいものだ。
我々の若かりし頃、日本の体制に背を向け海外に出て行った多くの友人達に通じるスピリットと割り切りをこの24歳の女性に感じた。彼女はサルが頻繁に出没するような三重県のど田舎で育った女だ。もしかしたらこれからの面白い人種はそんな場所から出てくるのかもしれない。日焼けを気にするような都会の女にゃパンツ1枚で1カ月生活する事は無理だろう。写真は置き土産に置いていった彼女の絵の中の一点。玄人裸足の面白い絵は妻が額を買い我が家のベッドルームに飾られている。
ある雑誌に文章の寄稿を頼まれたのでさきほどまで書いていたが肩がこってショーガネー。自分のWEBで垂れ流しの文章を書くのとはわけが違うので疲れるのだ。というわけでサーフィンにでも行こうかと海を見に行ったが波こそあるものの強風でぐちゃぐちゃ。仕方がないのでサボっていたエッセイでも書くことにしよう。
月20日は18回目の息子の誕生日だった。その日彼は友人たちとキャンプに行くと私のトラックにキャンプ道具を満載して出発したが真夜中になって「DLNR(自然管理局みたいなもの)にキックアウトされた」と憤慨して家に戻ってきた。彼の行った場所は4輪駆動でしかいけない場所で周りに人家もない誰にも迷惑をかけない小さなビーチで私もいつかキャンプしようかなと狙っていた場所だ。パブリックビーチでのキャンプは違法なのは分かっていたが最近のマウイはとても厳しいようだ。息子たちは真夜中にテントをたたんで家に帰ってきた。妻は最初から許可を取ってしかるべきキャンプ場に行けばよかったのにというが、私には息子の気持ちがよくわかる。3Mとなりにお隣さんのテントがある場所のキャンプはできれば遠慮したい。
実は一月ほど前のことだが、ダイビングの仕事から帰ってきてこの部屋のコンピューターに向かっていると目にしみるような懐かしい強力なアンモニアの匂いが足元からプーンと漂ってきた。これは忘れもしないラジャのおしっこの匂いだ。「ウソだろ!」とあわてて隣の部屋でテレビを見ている息子に「こっちに来てみろ。ラジャのおしっこの匂いがするぞ」というと「Raja's
Dead, Dad、自分の匂いじゃないの」とつれない。そんな事を言われると何となくこっちも自信がなくなり、「そーか、今日はダイビングの後まだシャワーを浴びてないもんな。水中でおしっことかしちゃったしな」と思わず自分の腕をくんくんしてみるがよくわからない。そこに妻が帰ってきたので「俺臭いか?」と自分の腕を差し出すと臭くないという。実はこれこれしかじかと事の成り行きを説明すると「ラジャは来てるよ。私も何回も匂ったもん」と平然と言ってのける。霊感の強い彼女はそこかしこでヘンなものを見たり感じたりするのでそれくらいは驚くほどのものでもないらしい。話を聞くと日本に住む妻の母親も飼っていた18年生きた猫「コウヘイ」が亡くなってから同じように時々出てきては匂いを撒き散らしていくという。本当に不思議な話で私的にはとてもビックリなのだが我が妻も妻母も「ラジャきたよ」「あーやっぱり」などと二人で平然と話している。ヘンな親子だ。
我が家の飼い猫ラジャが一昨日永眠した。享年2008年2月6日。結婚する前に拾った子猫なので逆算すると20年は生きていたはずだ。
コナストームが吹き荒れた12月2日から6日にかけて豪雨と暴風がマウイ島を襲い私の住むキヘイのビーチパークは大木が次々となぎ倒されついに昨日から黄色いテープが張られすべてのビーチパークは立ち入り禁止になった。海沿いのキヘイロードも通行止め、いたるところにヒザくらいの水溜りが出来ている。キヘイからマアラエアに抜けるケアリアポンドの道路も通行止め。ラハイナからキヘイに帰る車はカフルイまで迂回しなければならない。おかげで道路は大渋滞。おまけに30時間以上に及ぶ停電でキヘイの全ての信号が消え、主要交差点では土砂降りの中、マウイポリスが一所懸命車の誘導をしていた。
可愛いタイトルなので今回はワタシではなくボクにしよ。
日本から世界最大のカヌーレース「モロカイホエ」に参加する湘南アウトリガーカヌーチームの応援団として発作的にマウイから海を渡りモロカイ島に行ってきた。ラハイナからモロカイフェリーでほんの1時間半ほど揺られるとカウナカカイハーバーだ。この島の時間はあいかわらずゆっくり流れ夜空には天の川や人工衛星ががはっきりと見える。しかし選手やコーチ、サポータ-をいれ総勢15名ほどの我々チームはこの島を楽しむ余裕もなく明後日のレースのために大忙しだ。大会にはハワイ、アメリカはもとよりタヒチ、ブラジル、イタリア、トンガ等いろいろな国の人が参加している。総勢120艇ほどの6人乗りカヌーにはそれぞれエスコートボートが必要なのでモロカイの海はカヌーとボートだらけででえらい熱気だ。実はマウイから水中銃を持って素潜りで晩飯の魚でも捕まえようと思っていたのだが、マウイを出る前日妻からの電話で「モロカイ島の魚を捕まえないでくれという看板がいたるところに立ってるよ」というのでやめにした。いつも平和なこの島に世界中から海の男たちが1000人以上集まってくるので、私のような考えの輩も多いのだろう。雇われた120艇以上のエスコートボートも殆どがオアフ島のフィッシャーマンでモロカイ島に来る間にほぼ全員がトローリングをしてくる。そして夜はダイビングでロブスターを捕まえたり底釣りをしたりするのでモロカイ島の住民にしたらかなり迷惑な話だ。このレースでモロカイ島に落ちるお金は大きいだろうが一般のモロカイ人にはほぼ関係ない。自重しよう。



日本の旅行から帰ってきていまだに気の抜けたような感じになっている。いつもはバケーションから帰ってくると「あーやっぱマウイが一番だ」と実感するのだが、今回は過疎化の進んだ種子島に行ってしまった為かマウイ島がとても忙しく感じている。マウイ島には良い仲間がいて良い季候があり良い海があるのはわかっている。とくにシュノーケル、ダイビング、サーフィン、ウインドサーフィン、カイトサーフィンといろいろな海遊びに適したゲレンデが揃っているマウイはハワイ諸島の中で一番恵まれていると思う。南から北への移動も中心がくびれているので20分でいける。島中走り回るサーファーにとっては最高の地形だ。海好きな人が集まる島なのがよくわかる。
最近読んだ宮大工棟梁「西岡常一」氏の本は私にとってかなりの目からうろこ本だった。
日本ではあまり関係ないが、色々な国籍の人が暮らしているハワイでは人種問題は避けては通れない問題だ。幸運な事に我々日本人はここハワイではある程度リスペクトされていて日本文化も他のアメリカの州のどこよりも浸透しているので暮らしやすい。昔日本から移民してきてこのハワイの地に根を下ろし自分達のアイデンティティを見失わず種をまき成長させてきた昔のサムライのような移民一世やそれを守り続けている日系人の先輩達のおかげだと感謝している。逆に同じアメリカだからとハワイの文化を尊重せず平気で本土流に振舞う白人達は見ていていい気持ちはしない。残念な事に彼らの数は年々増えここキヘイでは主流になりつつあるので恐ろしい。白人家庭の多いキヘイに住んでいると我が家に平気で土足のまま上がりこんでくる輩もいるがそのたびに注意している。小さな事だが日本人が守り通しハワイにすっかり根付いたそのような良い習慣はずっと先まで残したい。たまに日系三世くらいで逆さ箸をする人がいるが、そのような人に会うと恐れ入りましたという感じだ。
毎年冬の時期に我が家に泊まりに来るプロサーファーの友人に「ヒロさん、最近ミーヤン一緒に遊びませんね、寂しくないですか」と聞かれた。ミーヤンとは今年14歳になる娘だが、母親べったりだった彼女も最近は自分の部屋に友人を招きいれたり友人宅に泊まりに行ったりと自分の世界を拡げだしあまり我々とは遊ばなくなった。しかし寂しいかといわれると以外とそうでもなく正しい成長過程にあるのではないかとオキラクに考えている。いつまでたっても親子べったりなんて気持ちが悪いではないか。家族全員で海に行き一人サーフィンをやらず車の中で本ばかり読んでいた娘も不憫なものだったしな。不憫といえば息子が生まれたころは私がウインドサーフィンばかりやっていたので、いつも強風の中で顔中砂だらけにして待っていた息子のほうがもっと不憫だった。顔から砂をはたくと鼻水のとこだけ2本砂柱が残ってそりゃそりゃ笑った、否、悪いことをした。
先日マウイ在住のKから一本の電話があった。なんでもディーラーに修理に出した車が何ヶ月も手をつけてもらえず放置されているらしい。様子を聞きにいくとパーツが届かないからあと一月待てとのこと。この時点で彼はすでに4ヶ月待っているのだ。これが自分であれば多分Fワードを連発しマネージャーを呼び出し何かしらの約束を取り付けるまで帰らないだろうが、若者はやりきれない気持ちでその場を去り私に相談してきた。そのときに彼が「日本人だからって舐められてるんでしょうかね」と聞いてきたがそのフレーズが頭にこびりついた。50歳を迎えた今ではこっちの生活も長くなり「舐められてる」と感じることはあまりなくなったが、彼の悔しい気持ちは手に取るようによくわかる。近くにいれば代わりに怒鳴り込んでいただろう。私も20代の頃のカリフォルニア生活では、肌の色、国籍、英語がしゃべれない、文化がわからない等の理由で散々悔しい思いをした。日本人というだけで注文を聞きに来ないウエイトレス、20%の金利で車を売りつけようとするセールスマン、土まみれになりながら庭をきれいにしたのに平気でお金を踏み倒す客、戦わなければいけない場面が良くあった。そして舐められないために身体を鍛え髭を伸ばしあまり口を開かず、鋭い眼光でいつも肩をいからせ歩いていた。グリーンカードに当時の自分が写っているが20代だというのに顔中髭だらけで髪の毛も長くまるでネアンデルタール人だ。


