ホロホロエッセイ2004年
 | 11月の半ばから12月の頭まで家族で日本に行ってきた。どうも使ったお金と精神的な満足度が釣り合わない気がするが今回はのっぴきならぬ用事があったのでまあしょうがない。とはいっても久しぶりに行く日本は面白い事も多々あった。その中でも私的に面白困ったのは友人にもらい気に入って毎日被っていたハンチング帽と皮ジャン姿が人々には怪しく映るらしく、遅い午前中に娘と電車に乗っていると、回りのおば様方が文庫本を読むフリをしながら私と娘の方をちらちらと盗み見る。挙動不審な怪しいハンチング帽のオヤジが平日なのに学校にも行かない小学生を連れている図なのだ。TVでは連日、女児誘拐殺害事件のニュースをやっているのでとても怪しく見えるのだろう。しかしここで「私は犯人じゃありません、この子の父親です」と立ち上がって叫ぶのもおかしいので、さりげなく親子だと気付かせようと「ミーヤンはどこに行きたい」などと優しく聞くのだが、慣れない電車と多くの乗客にすっかり固まってしまっている娘は何も答えてくれず、私はますます窮地に陥いった。 マウイの田舎暮らしの我々が花の大都会東京に来たものだから、もう大変。電車の中で写真を撮ったりただのコンビニ商品で盛り上がったりの超挙動不審一家。2週間で東京、横浜を中心に大阪、広島、箱根、軽井沢を訪れた。いささかハードスケジュールであったが今回の日本旅行も家族の良い思い出となったので時間が出来たらまとめてみようと思っている。 そして大都会からエスカレーターが二つしかない島に戻ってきた。マイルドな空気が全身を包み片足をダッシュボードに上げ大雑把にクルマを運転していると全身の緊張が解けてくる。家に帰ると犬はぶんぶん尻尾を振り回し猫はミャーミャー甘えだす。息子は家に着いた途端にバッカーンとベッドに倒れこみ「やっぱマウイが良いや」と一言。久しぶりに海に行くと顔見知りが波や風の情報を教えてくれ我々が何もミスしなかった(いい波は来なかった)ことを知る。日本から帰ってまだ2週間だが、流れ星やダブルレインボー、イルカにクジラ、10m以上の大波、こぼれる笑顔や大声で話す人々を沢山見て今更ながら嬉しくなる。Thank God I live Here. |
 | 愛しのジンベイ2004 |
 | 1週間ほど前、港でボートを洗っていると「ヒロ、見ただろ」と他の船のキャプテンが問う。いやーな予感がしたが、「見てない、何を?」と聞くと、「Oh My God]と大袈裟に頭を抱える。「Whale Shark(ジンベイザメ)がモロキニ島の内側まで入ってきてシュノーケラーまでナデナデしてたんたぞ」私「。。。で、何時ごろ、どの辺よ?」少々ふてくされながら聞くと、どうも私たちがモロキニ島の裏側に潜っていた時にリーフスエンドの水面に出てきたそうだ。我々は西からの波が入って内側は少々荒れていたので船に残るお客さんのために波の影響の少ない穏やかな裏側を選んだのだ。別のボートのキャプテンに聞くと当然そうに「見たよ、そしてボートから落ちたよ」と得意げに答える。お客さんの乗っているときにキャプテンは船を離れてはならないのでどうしても水中に飛び込みたいときは「落ちた」と答えるのだ。去年は日本旅行のときに出現し(ホロホロ2003−Dec参照)今年もまたフラレタというわけだ。まるで長くマウイで潜りながら一度も水中でクジラに遭遇してないゼロのイントラ、ミワコ状態、私もジンベイザメには10年間ふられっぱなしだ。よし、明日こそ絶対にジンベイを見つけると張り切ったが、翌日からキヘイの港には人間二つ分の大波が炸裂し全てのボートはキャンセル。サーファーが大集結していた。 さて今日は12月24日、昨日はクジラとバンドウイルカのランデブーが見れた。海は1日中穏やかか朝から荒れているかのどっちかだ。ジンベイの噂はその後聞かないがマウイ島には白人観光客がどっと押し寄せ海から見るホテル前のビーチには白くて大きな体がどっさりと寝そべっている。私が見たいのはそんな光景ではなくジンベイザメなんですがね。。。 写真は歩いて行けるカマオレパーク3の水中です。年賀状用に家族で久しぶりに潜ってみましたが、皆ダイビング姿がさまにならず没(笑)。 |
 | Christmas Puppy |
 | クリスマスと私と娘の誕生日が重なるイベントだらけの12月だ。子供達はちゃっかりしたもので14歳と11歳なのに、サンタさんからのプレゼントはこれが欲しくてサイタさんからのプレゼントはあれが欲しいと何となく親に聞こえる場所で願っている。よっぽど「お前ら、サンタはサイタだって知ってんじゃねーかよ、キタネーゾ」と言いたくなるがクリスマス前に夢のないこともいいたくないのでぐっと我慢。子供たちもその事を知っていてニヤニヤしているから憎たらしい。 息子のKAZUMAが欲しがったモノはサーフィンの本場オアフ島ノースショアでの波乗り。たまたま友人が来ていてオアフ島に行く機会が会ったので一緒に連れて行き、オアフ島でサーフィンのプロを目指しながら頑張っている(もうスポンサーがついているのでプロ?)20歳のアツシ君に面倒を見てもらった。マウイとは違うホレホレの波に息子はかなりストークしていた。自分が経験した事のない大波に乗るのは親としては心配な部分もあるが、その経験値は今後の彼にとって大きな財産になるだろう。ちなみに私はそのときに開催していたパイプラインマスターズの写真を撮ったり穏やかなワイキキ周辺の波に乗って過ごしていた。 そして娘はこの数年機会があるごとに子犬を欲しがっていたのだが、我が家のゴールデンレトリーバーのジンボ一匹でさえ大変なので私は断固として「NO」と断っていた。しかし日本でエイ出版に勤める友人からもらった「レトリーバー」という本を読んでいると「愛犬が7歳になったら老後について考えるときだ」と書いてある。さらに「子犬を飼うとまた元気になる」という一節もある。我が家のジンボは8歳、そういえば最近以前ほどの元気がないかもなぁと少し考えてしまった。そしていつものように娘が「クリスマスにはパピー(子犬)が欲しい」とリクエスト、そんな時だったので私は思わず「うーん、いいよ」と答えてしまった。ダメ元でお願いした娘も回りの家族も超ビックリ、一瞬フリーズした後に娘が大声で「イエーイ」と叫ぶ。妻や息子が「本当?」とビックリする。もう後にはひけぬではないか。「大きくならない犬」と言う条件をひとつだけつけた。 野良犬や飼えなくなった犬が保護されているマウイのHUMAN SOCEITYに行くと生後5ヶ月のチワワとテリアのミックスを見つけた。檻にはアダプト可能と書いてある。小さな部屋で一緒に遊ぶと愛くるしくて子供達は一発で参ってしまった。さっそく名前をREEFとつけこの犬をもらう事にした。その後ヒューマンソサイティの人がちゃんと犬を飼う環境が整っているかを我が家にチェックに来た。この辺がアメリカのすごい所だ。全て問題無くパスすると実はこの犬を欲しがっている人が我々より先にいたことが発覚、書類の不備だったのだ。「その人が今日中に来なかったらあなたのものよ」と言う声もむなしくREEFとは縁がなかった。茫然として大きな涙を流す娘は見るに忍びなかった。そこから本格的な犬探し大作戦が始まった。事情を話すと多くの友人が協力してくれ遂に数ヶ月前に子犬が5匹生まれたから1匹あげます、という人を見つけてくれた。数日後に私が海から家に戻るとかわいらしい子犬を胸に抱っこして娘が駆け寄って来た。新しい家族は8ヶ月のミニチュアダックスフンドで誕生日は息子と同じ4月20日。名前は親(我々です)がRを発音できないのでREEFは却下、「NALU」(ハワイ語で波)と名付けた。 NALUも我が家に着てから数日たちかなり慣れて来た。溺愛する娘の事を母親と思っているらしくどこにでもついて行き、彼女がいなくなると「クィーンクィーン」と切なく鳴く。ジンボとじゃれあうとNALUの顔がすっぽりジンボの口に入ってしまい可笑しい。最長老の猫のRAJAは「うるせーなぁ―」と薄目を明けて迷惑そうに犬達のドタバタを見ている。 |
 | サーファーガール誕生 |
 | 我が家には現在14歳の息子と11歳の娘がいるのだが、息子が8才の頃からサーフィンを楽しんでいるのに比べ、慎重で負けず嫌いな娘は親や友人とタンデム(2人乗り)サーフィンは楽しむものの決して一人でサーフィンを始めようとはしなかった。いつも我々3人が波乗りを楽しんでいる時も車の中で一人で読書などをして待っていた。それがどういう風の吹き回しかある日「ミーヤン、一人でサーフィンやる!」と言い出した。 「おお、待っていた一言」いつもブーたれた顔をしながら「あと1本で戻って来てね」などと文句をいう娘が我が家のサーフィンライフのネックだったのだが、その娘が長年の歳月を経てついに一人でやる気になった。もう家族揃って「このボードをお使いください」「お嬢様、ボードを運びます」「お好きなステッカーをお貼りください」のVIP扱い。波に上手く乗れたときには拍手と大袈裟な誉め言葉も忘れずに順調にサーフィンにのめりこんでいった。もともとタンデムサーフィンを良くやっていたのでパドルもそこそこできるし波も読める。身体も小さくて軽いので初日から自力で簡単にテイクオフし私たちを驚かせた。小さな身体で一人でサーフィンする姿に回りの白人観光客は驚き、顔見知りのサーフィン仲間からも誉められるようになるとお嬢様の鼻は天まで伸びていく。 始めて1週間で「こんな小さな波ではつまらないからラハイナに連れてって」といわれた時に「かしこまりました、お姫様」と頷く反面、「む、これは面倒な事になったかも?」と胸の中で恐れていた。予感は的中し、こっちが仕事から戻って一息つきビールを飲み昼寝しようかなと思っているときに、学校からドタドタドタと帰ってきて「サーフィン行こ!」、休みでサーフィンを2時間ほどし満腹状態で家に辿り着くとまたもや娘の「サーフィン行こ」攻撃。そんな時は思わず「ゴホゴホ」とむせてしまうのだが、しかし、まあ気持ちはわかるので近くのコーブパークまで連れて行く。「全く子供は面倒くせーぜ」と友人に愚痴った時に「自分で作ったんだから責任とれ」といわれた事があったがサーフインも自分で勧めたんだからショウガナイか。
というわけでサーフィンを始めて3週間、絶好調で突っ走っていた娘だが、先日、彼女にとって試練の時がきた。波のサイズは彼女の頭以上(我々の肩ね)、親に付き合って一番アウトにいる彼女にいい波が入ってきてテイクオフ、と思いきやノーズが刺さりパーリング、ポーンと空を飛んだボードが頭に直撃した。そこにいたら次の波で巻かれるので頑張ってアウトまで出て来たが親の顔を見た途端「ボロッ」っと大きな涙をこぼした。見ると大きなタンコブがポッコリと出来ていた。その後も何度か苦しい思いをしたようで親の顔を見るたびに泣きっ面になるが、他の人がいるのでぐっと堪えている。見ている親からは少しハラハラものだがそういう経験をして自分で習得していくしかない。我慢させて危険を避けるより、経験して危険を認知できるようになって欲しいと思う。
ちなみに彼女が使っているサーフボードは8年程前に私が始めて買ったボードだ。息子もこれでサーフィンを習い、今は娘に受け継がれている。すっかり古くなり黄ばんでいるマークエンジェルの7'8"のミニタンカーには思い出が染み付いているが、今娘の一番欲しいものは「輝くような真っ白いボード」だそうだ、チッ。
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 | First Swell, First Whale |
 | どういうわけか10月に入り友人、知人、リピーターが同じ時期にごそっと集まり仕事はヒマになったのに今度は遊びが忙しくなって来た。東京人の東京タワーのようにマウイに住んでいると滅多に行かないハレアカラ火山にも久しぶりに行った。サンセットと星を見に行ったがやはり頂上はかなり寒く、ホッカイロまで用意して完璧な武装をした友人を横目に半ズボンで行ったわが身を呪った。やはり砂漠のキヘイ住民にはカマオレ3やコーブパークでビールやワインを飲みながら海に落ちるサンセットをホロホロと眺めたり人の居ないビーチに寝転びながら眺める星空の方が性にあっている。 写真はちょっろっとやるつもりがいつの間にか膨れ上がってしまった我が家のBBQパーティー。日本からの友人に加えマウイに住む海系友達が集まり楽しい時を持った。 そういえば5年前からラハイナで公演しているミュージカル「ULALENA」を初めて見た。噂で「良いよ」と皆から聞かされていたがハワイ神話をベースにした確かに楽しいショーだった。中でも5人ほどで奏でる打楽器中心のハワイアンミュージックはかなり迫力があり、思わず舞台よりミュージシャンに釘付けになってしまった。機会があったら皆さんも行ってみてください。予約はゼロからもできますぜ。
先日、日本からも30名ほどが参加した恒例のエクステラワールドカップも終了した。ゼロの応援している湯本優選手は2年連続パンクで泣いている。彼は前日「今年こそパンクしないように」と自分の自転車を一所懸命撫でていたのに、レース本番、撮影をしている私の前を「またパンクだー」といって走り抜けていった。なんと3年連続のパンク。そんなわけで今までは「スパッツ湯本」の愛称だったが今年からは「パンク王湯本」に変わった。それでも440人中パンクをしても30位というのはやはり実力があるのだろう、来年は是非スペアタイヤを背負ってレースしてもらいたい。しかし今年はトライアスロンのプロ福井君が13位で頑張ってくれた。いつものことだが若者が一所懸命やっているとオジサンもついつい血が騒いでしまう。スポーツってのは良いもんだなぁ。
今日はついに「We 've got a first whale」という声がボートの無線から飛び込んで来た、今シーズンの初クジラだ。北のファーストスウェルも入ってきたし、そのうちに日本の低気圧がマウイに大波をもたらしJAWSが割れる日も来るだろう。マウイの冬はもうすぐ始まる。衣替えはしないが波やクジラが季節を知らせてくれる場所ってのもいいものだ。 |
 | Queen Lilioukalani Outrigger Canoe Race |
 | カヌーレースの撮影でハワイ島に行った。8年ぶりのビッグアイランドは直行便が入りカイルアコナの町には日本人の姿がそこかしこでちらほら、さらにマウイにはない居酒屋や蕎麦屋まで発見し「イーナイーナ」と嫉妬した。 私の仕事は伝統あるクィーンリリオカラニカヌーレースに日本から唯一出場するアウトリガーカヌークラブジャパンのビデオ撮影だ。。男性メンバーは全員湘南のサーファーで6人の内半分が50歳以上というから恐れ入る。他のチームがバリバリ筋肉マンの若手パドラーを揃え力強いパドルを繰り返す中で人生を悟った我が日本チームは「水がきれいで気持ちいいね、見てよあの雲」なんて感じで実に力が抜けている。多分いくつものしがらみを振り切っていつもの仲間とこの場所に来れた事だけでも嬉しいのだろう。目指すは去年の自己記録の更新というところか。本番では初対面の私を翻弄した爆弾ダジャレトークも必殺オカマ言葉もなく皆黙々と真剣に漕ぎつづけ、見事に完走、去年の記録を更新した。慢心の力でひたすらパドルを漕ぐ五十男の姿はとても感動的でこの姿を見たら古女房も古愛人も思わず惚れ直す事だろう。そうか次回はこのプレス艇にそんな側近の方々を招待して彼らの男らしい姿を目の当たり(マノアタリと読むのだ)に見せてやればよいではないか。しかしそんなことをするとどこまでも青く澄んだハワイ島の海と空の間から「あんたーがんばってー」とか「ほら真面目に漕げよ、タコー」とか「ステキー、今夜は寝かさないわよー」とかいろんな黄色い声が飛び交いビデオ撮影どころの騒ぎじゃなくなりそうだからやめとこ。 練習から本番までこのチームと付き合わせてもらいとても楽しかった。男子チームは20代若手のシュンを中心に昔の湘南ボーイズが脇を固め微笑ましい。女子チームはライフセーバーやヨット乗りなどさっぱりした海の子達が揃い良いレースを見せてくれた。全面スポンサードしているのはアパレルメーカーのアルバローザ。社長自ら率先してハワイの海を4時間ひたすら漕ぎつづける体力があるので銀座で毎晩飲み歩いているそこらのバカ社長はかなわない。その市川社長から「次回はマスターズに参加したいので一緒に漕ぎましょう」と誘われたが、前回は10分で腕が痛くなり30分で心臓がバクバクしだし1時間で酸欠になったので、返事は保留しといた。 最終日に居酒屋で打ち上げした際にOCCJのマウイ合宿の話が持ち上がった。本当に実現したらその時は私も真剣にアウトリガーカヌーに挑んでみようかな、などとと思っている。 |
 | 夏の終わり |
 | 9月も後半に入ると何となく夏も終わりの気配で太陽の照り返しも少しだけマイルドになった気がする。キヘイから見るサンセットもラナイ島の上ではなく、島の左側の海に落ちるようになってきた。夕方8時近くまでできた波乗りも今では7時頃で暗くなり、遊び時間が減り夕飯の時間が早くなった。しかしマウイのこの夏は何となく波に見放された感じで日本のほうが台風の当たり年でいい波があったような気がするなぁ。 妻が風邪をひいているのでどうせ夕飯は私が作るはめになりそうだ、それならばいっそのことゼロのゲストも誘いささやかなBBQにしてしまえ、と前日に私が捕まえてきたタコを娘に塩もみしてもらった。彼女はタコのヌルヌルが大好きで1時間近く嬉しそうに揉んでいた。その嬉々とした姿を見て以前に死んだカメレオンを冷凍して遊びに来る人々に毎回見せては「キャー」という反応を楽しんでいたことをフト思い出してしまった。
今日のBBQのメンバーは3日間続けて潜ってくれた金田さん夫妻(おつかれさま)とオアフ島でCカードを取得してきて初めて潜るトシコちゃん(ババクサイ名前をさんざん馬鹿にしてごめんよー)、コテージOHANAに滞在してマウイマラソンを走った若林君(英語の上手さに感動したぜ)。金田さん夫の健二さんはニコンのD100に105ミリのマクロを持ち、その奥サンのアキコさんはシー&シーのデジカメにワイコンをつけてワイドで勝負、私は心の中で(夫婦でマクロとワイドにわかれないでくれよ〜)と叫んでいた(笑)。2人とも600〜700本潜りこんでいるダイバーなので本当はもっと遊びたかったが、どうしても初心者、中級者、上級者とレベルが交ざると初心者にレベルを合わせたダイビングになってしまうので心の中でスマンスマンと詫びていた。しかしそれだけ潜りこんでいる人はどんな海でも自分で楽しみ方を知っているので大体こんな時は「私の見える距離で適当に遊んでいてください。」と上級者には手綱を長くして遊んでもらっている。超マクロセッティングの健二さんに「どこのポイントが一番面白かったですか?」と聞くと、私が思った通り「タンク」と答えた。ここは砂の上に小さなタンクが横たわっているだけのポイントだが、ちょっと散策すると砂の上や小さな珊瑚の間からハワイアインライオンフィッシュやデビルスコーピオン、アカスジモエビやフリソデエビ、オグロクロユリハゼなどマクロの宝庫なのだ。 最近のマウイは日本の連休とマウイマラソンが重なり多くの日本人が来ている。私も今日はボートを2回出港させたが、やっぱり後半のボートは風が出て来て潜ってる人たちには良いが水面でシュノーケルをやってる人たちにはちょっとかわいそうだったなぁ。皆さんここマウイでは海遊びは早めにしましょうね。 |
 | オキゴンの復讐 |
 | 嬉しいことに海が穏やかな最近は2日に1回くらいの頻度で良くイルカに会っている。昨日のトローリングでも釣果は小さなカツオ六匹とイマイチだったが、途中ラナイ島沖でイルカのちょっとした群れに会い癒された。今日のイルカ探しツアーでも「もしかしたら、もしかする」とスピードを落とし目を凝らすと予想した通りビッグビーチのかなりインサイドで30頭前後のハシナガイルカが群れているのを見つけた。その後4時間この群れはアロハカイと一緒にずっと遊んでくれスタッフもお客さんもかなりハッピーな1日だった。 面白い事にイルカに出会うと、みんな良い笑顔になる。小さな子供は「イルカサァーン」と手を振って叫びだし、大人たちはここぞとばかり一所懸命シャッターを切り、年配の方は「良い冥土の土産ができたわ」とか「これで思い残す事は無い」とか滅相も無いことを言い出し、船酔いしてる人は思わずゲロを飲み込んでしまうほどの天下のスーパーアイドルだ。 昔アルバイトで某水族館のイルカの水槽を2年ほど掃除していた時期がある。この時が私とイルカと一番間近に接していた時期だが、彼らは閉ざされた水族館の中でとても退屈しており私が部屋のドアを開けるキキーという音を聞いた瞬間から水面に顔を出し「キキキキキキキィー」、訳すと「アソボーゼアソボーゼアソボーゼ」と口から水をピュッピュ出しながら訴えてきた。ダイビング機材を背負い水の中にザブーンと飛び込み吸盤とスポンジを持ちプールの水底掃除をしている時も決まって「キュルルルルルルゥー」」訳すと「早くそんな仕事適当に終わらせて俺たちと遊ぼうぜ」と私の脇の下に頭を突っ込みスリスリしてくる。それでも仕事熱心な斉田青年は可愛いイルカのアソボーゼ攻撃にもめげず一所懸命フキフキを続けると今度は自分の背びれを目の前に何回も差し出してくる。「これにつかまれ」というわけだ。根負けして「わかったよ、まったくショーガネーナァー」と軽く背びれをつかむと「待ってました、キュルルルルルー」と嬉しそうに私を乗せプール内を何週も泳いでくれる。小さな窓枠から見ている水族館の客たちは「いいなぁー」と指をくわえてこっちを見ているので「ヌハハハハァ−」と若い斉田青年は優越感に浸っていた。 ある日少し大きめのオキゴンドウ(歯クジラ亜目マイルカ科の小さなクジラで大きなイルカです。)の水槽の掃除に退屈しだした私は窓枠の外からのぞいている何組かのベタベタカップルに「チッ」と舌打ちし「見てろよぉ」とそばに来たオキゴンドウの背びれを掴み水中ライドを試みた。するとビックリしたオキゴンドウはくるっと私の方を見てウエットスーツの上から私の太腿をガブッと軽く噛み威嚇した。その気になれば彼の鋭い歯は私の太腿など簡単に食いちぎれるだろう。全身がゾクッとしたその感触は今でも覚えている。「あんまり調子に乗るなよ」「ボスは俺だぜ」というわけだ。調子に乗った自分を恥じ人間がどんなに頑張っても所詮水の中では弱っちい生き物なのだということを思い知らされた。しかしオキゴンの復讐はこれだけでは終わらなかった。私の太腿を噛み威嚇したオキゴンは水槽の中で唖然としている私の目の前でクルッと反転し、なんとマッチャッチャの液体をブビッビィーと私に向かって発射した。この時の斉田青年は脱糞に全身を包まれながらも、「やっぱりイルカは犬より頭が良いんだなぁー」と何故かとても感動していたのだ。 写真は先月遊びに来てくれたシュンペイとナッチャン。やはり海の中を自由に泳ぎまわっているイルカを見ているほうが遥かに気持ちが良い。 |
 | 男は坊主 |
| 7月のホロホロに落花生ネタを書いたら次から次に来る人が落花生を持ってきてくれるので笑ってしまった。調子に乗ってまた書くと、これからマウイに来るリピーター達はショーチューなど持ってきてくれると実に嬉しい。 さて夏本番でいろいろなサーフコンテストが各地で開かれている。先月はオアフ島で開催されたチャイナウエムラのロングボード大会にマウイに住む若い日本人サーファーのカツヤとケイゴが出場した。「大丈夫?」と尋ねると「負けるわけないっすよ」と勇ましい答え。おまけに3位以下だったら頭を丸める約束までしてくれた。結果は1回戦で残念ながら敗退、トホホホホと頭を深くたれてマウイに戻ってきた。さて男勝也はその夜宣言どうり皆の前で頭を丸め、ついでに細川プロの「それだけじゃつまらん」の軽ーい一言でロナルドヘアーにされてしまった。見事な勝也の髪形を見た圭吾は「ありえなーい」と数週間ほど我等の前から姿を隠し逃げ回っていたが、小さな島のこと、昨日のオーレロングボードコンテストで遂に発見、そのまま捕獲。暴れる筋肉マンケーゴを皆で押さえつけ無事に散髪式が終了した。
ビールを片手にその光景を見ていた私もなんとなく酔っ払った勢いで「おー、ついでに俺のも切ってくれ」というと「マジっすか、ひろさん」と驚く細川プロの横で「いいよ」っと嬉々とした息子の声がする。「まずい、こいつかなり不器用だし、最近恨まれてるよなぁー」と思ったが時すでに遅く、いきなり「いっくよー」と楽しそうな息子の声。「まずはモヒカン」などと人の頭で遊んでいる。「ん、なかなかいけてますよぉ」と無責任な周りの声をすべて無視しすっきりと坊主にしてもらった。10歳のときの喧嘩で出来たハゲは思ったより目立たない。かなり虎刈りなので文句をいったが「ダディだってさんざん人の頭をひどくしたじゃん」ともっともな事をいわれた。彼が7〜8歳の頃まではいつも私が頭を刈り「はははは、母ちゃん見てみろ、この頭」などとおもちゃにしていたのだ。くそ、覚えてやがったか。というわけで47年間生きてきて初めてのボーズだが、まさか息子に頭を丸められる日が来るとは思わなかった。
 |  |  |  | | 大会に負けて細川プロにロナルドヘアにされるカツヤ | 逃げ回っていた筋肉マンケイゴ、遂に捕獲される。 | 息子にモヒカンにされる父 | 飛び入り志願者、カイト | おまけがある。その夜我々の馬鹿騒ぎを静かに見つめていた友人の子供カイトに「いいかカイト、これからの男は坊主だ。お前も切るか?」というと以外にも「うん」と言う返事。嬉しい事に何かが訴えていたらしい。両親の許可を得た後一緒に坊主になってくれたカイトは11歳。これから東京の学校に戻る。「カイト、学校に戻るとわかってない奴らに馬鹿にされるかもしれないが、気にするな。お前はかなりイケテイル。」  | | 最後に特別プレゼント、坊主男四人衆の図。キモッ |
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 | 落花生とバドワイザー |
 | 海から帰ってきてキッチンを漁るが先日買ったビーフジャーキーと殻付き落花生がどうしても見つからない。可奈に電話すると「KAZUMAが食ったんじゃなーい」と呆れ声で答える。ちなみに可奈とは私の妻でKAZUMAとは現在14歳の私の息子だ。彼女の頭の上には「たかがビーフジャーキーやピーナッツごときで仕事場まで電話してくんじゃねーよ」という吹きだしが見えるようだったが、こっちにとっては大問題なのだ。海の仕事が終わり火照った身体にギンギンに冷えたバドワイザーをグビグビグビッと一口のみ、「うんめぇー」とようやく人心地ついた後だ。これからPCを前に殻付き落花生をポリポリ食いながらゆっくりとお気に入りのウエブページを覗けば完璧だったのだ。大体ビーフジャーキーと殻付き落花生はめったに買い物に行かない俺がスターマーケットというでっかいスーパーマーケットを歩き回り厳選して見つけたおつまみ2品だったのだ。それを朝から晩まで波乗りとスケートボードとTVとインターネットで遊び惚けている息子が両方とも食っちまっただとぉー、ゼイゼイゼイ許せねー。悪運強い事に肉食獣KAZUMAは今ここにいない。このやり場の無い怒りのエネルギーをどこにぶつけようかと思って書きだしたのが今日のこのホロホロだ。そもそもビーフジャーキーはいいとしても殻付き落花生ははるか16年程前はじめて可奈とディスコ(ふるうう)に行った時赤いスウィングトップ(汗)のポケットに忍ばせておいたとっておきの小道具で、踊りつかれた彼女にポケットから落花生をさりげなく取り出し「く、くうか?」と勧めたいわば思い出の1品だぜ。ここで白人男は優しく殻をむきピーナッツを差し出すだろうが、日本男児はしっかりと殻ごと、それもなるべくブッキラボウに差し出すのが正しい。そこで明るく「ありがとう」といえば合格だが、「ださーい」とか「殻むいてー」などと生意気な事をほざくオンナはどっかの優しいフニャフニャ白人の餌食にでもなってろ、ヌハハ。 ここまで書いて大分落ちついてきたが、今は2本目のビールを開けつまみはやっと探したゴマ煎餅になっている。時計を見ると昼の12時半。ン、もしかしたらこんな時間からノンダくれてる俺のほうが間違ってる? |
 | 悲しきウインドサーフィン2004 |
 | ここ8年ほどまともにウインドサーフィンをしてない私は同じく何年もウインドをしていない元学連ウインドサーファー、まりっぺを誘いスプレックスに行った。ここには岡君夫婦がいるはずだ。彼らは毎年この時期にひと月以上の長い休暇をとって日本から遊びに来るウインドサーファーカップルで今年も我が家のコテージに滞在している。毎日午前中にサーフィンをし、風の吹いてくる午後からはウインドサーフィン、そんな極楽DAYSをひと月間毎日続けているハードコア地方公務員だ。何でも日本にいる間は次のマウイのことだけを考えて1日も有休を使わずに11ヶ月真面目に働くのだそうだ。彼らはそんな生活を今年で11年間続けている。すごいもんだ。  |  |  | | セッティング中の岡君夫妻 | 学連WSFERまりっぺ | ヒロ吉2004 | スプレックスに着くと岡君夫婦が周りのヨーロピアンウインドサーファー達を紹介してくれた。何でもちょっと前には岡崎友子ちゃんがレイをかけながらカイトサーフィンで遊びに来たそうだ。何かの撮影だったらしいが残念な事にニアミスだった。私は岡君にセッティングしてもらったウインドサーフィンを借り、久しぶりに海に出るが風が足りないのと太ったのとスキル錆びつきの三重苦で板がいまいち走らない。ヨロヨロヨロと走り沖で沈、ようやくウオータースタートをし岸にたどり着いた時はぜいぜいと肩で息をし惨敗、まりっぺとチェンジ。さすがに御前崎でならした彼女は綺麗なフォームでプレーニングしながら沖まで乗っていく。途中やや風が足りなく大変そうだったが、気持ちよさそうに岸に戻ってきた。体力が回復した私は「ガッデム」と2度目のチャレンジ、風も少し上がってきたのでハーネスをかけストラップに足を入れるとパンパンパンとボートが海面を走り始めた。「お、いい感じだぜ」と思った瞬間いきなりバシッと言う音とともに体が宙に舞った。なんと力を入れたときにおなかに巻いたハーネスがぶちきれてしまったのだ。原因は岡君ハーネスのサイズに対して自分の腹回りが太すぎたのだ。これが悲しきウインドサーフィン2004の結末だが、後味は悪くない。最近怠惰な生活をしているので海に軽く〆られた気がする。 最近マウイも波乗り人口が増えてわずらわしい思いをしていたので、広いゲレンデで自分の事だけ考え遊べるウインドサーフィンはやっぱりとても楽しかった。この機会を提供してくれた岡ファミリーとつきあってくれたマリッペありがとう! |
 | ポリポリキャビン |
 | いつの頃だったか、マウイの地図を見てハレアカラ山にポリポリという面白そうな道を発見した。その人を舐めたような名前とロケーションが気になり情報を集めるとどうも自然がいっぱいの綺麗な場所らしい。そして遂に予約から半年待たされてポリポリロードの終点にあるハワイ州の管理するキャビンに泊まれる事になった。 私は午前中仕事だったので荷造りは全て妻に任せ車は出発。キヘイから見るアップカントリーは最近雲がよくかかっているので四輪駆動のトラックで出かけることにした。STATE
BUILDINGに寄りキャビンのカギを受け取り支払いを済ませ一路ハレアカラロードに。荷台には多くの荷物と犬と息子を乗せているのであまりスピードは出せないが、天気もいいし気持ちのよいドライブだ。ワイポリロードの舗装が終わりでこぼこ道が出てくると車を四輪駆動にし泥道、ぬかるみ、水溜りの中をバンバン突き進む。昔友人のキャデラックでこの道に来たことがあるがその時に比べると全然神経を使わないですむ。本当に毎日雨が降っていたようでいたるところで10センチ以上の水溜りがある。長く曲がりくねった泥道を30分ほど進むと娘が車酔いでダウン、後ろの荷台では犬とサルのような人間が雨に濡れながらケラケラ笑っている。途中車を止め野イチゴを摘みキャビンを目指すと降りだした雨は益々強くなり、吐く息は白くなり車の窓は曇りだす。ようやくキャンプ場につくと大雨の中で二つのテントが寒そうに設営してあり、雨の中に立ち尽くすアメリカ人ファミリーと何となく目をあわすことが出来ず、そこからわき道のカギを開け5分ほど走り突き当たりにあるキャビンに到着いた。ここには電気も飲み水も無いが水洗トイレとお湯の出るシャワー、ガスキッチンがある。この辺がアメリカの偉いところだ。寒いのと掃除が面倒なので我々は一つの部屋しか使わなかったが合計で寝室は3つあり2段ベッドが5つある。 荷物を車から降ろし整えていると問題発生。実は密かに息子との巻割りを楽しみにしていたのだが肝心の斧を持ってくるのを忘れた。用意されている薪は直径30センチほどの塊でこれでは燃やすのが大変だ。「外に出てなるべく小さめな燃えそうな木を拾って来い。」と子供達に探さすがどれも雨でびっしょりと湿っている。それでも数本の乾いたいい感じの木片を見つけそれに望みを託す。車からダイビングの免責の紙を見つけ薪の下で火をつけるが何回やってもうまくいかず焼け石に水、そこに息子がこれでどうだっと虫指されスプレーでぼっと火をつける。しかしそれを見て私は閃めいた。トラックに戻りタオルを10センチ幅に破り両面に虫除けスプレーをかけた帯状小さ目タオルを何本か作る。そこに火をつけると案の定ボッと勢いのいい火が5分ほど燃えてくれる。薪の下でその作業を根気よく繰り返すとやっと大きな薪に火がついた。後はストーブの上で温めていた木片を使い火を絶やさないように努めた。大きな薪に着火するまで何と2時間かかった。
電気のない静かな長い夜には私は酒を飲みながらのんびりと火の番、母親と子供達はテーブルでモノポリーに嵩じている。10時頃床につくが持ってきた毛布が薄くて寒い。仕方なく各々ジャケットやトレーナーを着て丸まって寝るが夜中に何度も目を覚ましてしまった。私と犬は5時に起きてコーヒーを作り外が明るくなると散策に繰り出した。大きな杉の木(?)を見ているとここは本当にハワイかという錯覚に陥るが木々の間にわずかに南サイドの海が見える。ようやく子供達も起きだし朝食を食べる。子供は吐く息が白くなるのが楽しいらしくハッハッハッとずっとやったり霜の着いた窓に大きな絵を書いたりしている。 のんびりした後は荷物を片付けチェックアウトの準備だ。妻と息子は備え付けのモップで掃除、私は犬と娘を連れて側にあるトレールを30分ほど歩いてみた。トレールはゆっくりと下にくだり数十メートルの大木に囲まれた山風景が広がり凛として美しかった。
帰りは犬と子供の休憩をはさみのんびりと下山、クラに住む友人の家に押しかけお茶をご馳走になる。ポリポリから戻るとクラはとても暖かく感じいつもの短パンとビーサン姿に着替え人心地つく。 たった1泊だったが、ここまで環境が変わるマウイは本当に面白い島だなぁと再認識した小旅行だった。そしてキヘイに戻った私は上半身裸でこれを書いている。 |
 | Let The Good Time Roll |
 | なんだかここの所ついていない。 家のこと、仕事のことで問題がいくつかあったので、昨日はそのむしゃくしゃを解消すべくマクレガーポイントにサーフィンに行ったら3本目の波でワイプアウト。サーフボードがそのまま自分に跳ね返ってきて目に直撃、出血。そのまま救急病院に行ったら、幸いなことに眼球は無事で見た目のわりに軽傷だった。瞼の傷は瞬間接着剤で閉じられ、今は戦いの後のボクサーのようにぽっこり腫れた瞼でキーボードを前にしている。もちろん我が家の優しい仲間たちは朝早くから「じゃーHIROさんのぶんまで楽しんできますねー」と笑顔で波乗りに行っちまった。勝手にしろい。 今朝早く東京の某大手建設会社に勤めるOL2名が我が家のコテージOHANAをチェックアウトして日本に帰っていった。彼女達はマウイが初めてでもちろん我々とも初対面だったが、とてもいいマウイの過ごし方をしていたようだ。初めてイルカに会い、初めてカメと一緒に泳ぎ、初めて波に乗り、毎日夕焼けを眺めていた。 1日の長さは同じ、自分の人生の長さも決められているとしたら、なるべく綺麗なものだけ見て楽しい事だけやって好きなやつとだけ付き合い、いい時を転がしていきたいと思うのだが、霞を食っては生きられないので生活必要最低限の額だけはZEROで稼ごうと思っている。というわけで日本の生活に疲れたら皆カレンダーと相談してマウイとゼロに遊びに来てくれ。良いときを差し上げますぜ。 ここまで書いてたらアメリカ人の友人から「母の日の花は買ったのか?」と電話がかかってきた。ヤベ、今日か。 Happy Mothers Day!フードランドにイッテキマース。 PS 写真はカマオレパークでの夕焼け待ちのヒトトキ。左上は最近母親を追い越し私の次に背が高くなってきた生意気盛りな息子の一真14歳。昔のモチモチKAZUMAを知ってる人は驚くっしょ。 |
 | 夜空の下の映写会 |
 | 子供と生活していると「うるせー」と同じくらい「笑える」ことも沢山ある。子供が小さくて四苦八苦しているお父さんお母さん、苦労した分だけ楽しい事もありますからがんばって下さいね。 昨日は娘がファックスしたいというので、彼女の変わりに紙をセッティングして番号を押しファックスを流してあげた。紙が動くのを確認して部屋に戻ると、ファックスの機械の前にいた娘が「パパ-、ファックスから紙が出てきちゃったよー」と大慌てで私の部屋にやってきた。「それでいいんだよ」「But paper is still there」と割り切れない様子。「ハハーン、もしかしてミーやん、あの紙が丸まって電話線の中に入って相手の家に行くのかと思ったのか?」と私がニヤニヤしながら聞くと娘はやっぱ違うのかと気付いたようで照れながら「うん」とうなずいた。その後自分の事がかなり可笑しかった様で5分ほど一人でけたけた笑っていた。つーか私も、いやきっと妻も、そしてこれを読んでる沢山の人々も娘と同じように「ファックスの不思議」を考えたことがあるに違いないと思うのだが、どんなもんでしょう。子供達と生活すると自分が忘れてしまってるような小さな事を思い出させてくれることが多々あり、微笑ましかったり、懐かしかったり、反省したり、いろいろ感じさせてくれます。 先日マウイで初めての試みの「ドライブインシアター」をマカワオでやるというので友人と家族皆で繰り出した。会場につくとスクリーンが小さいのでちょっとがっくり、しかし雰囲気はさすがマウイ、かなりくだけている。みんな思い思いのカッコで綺麗な芝生の上でリラックスしてる。我々もダラダラウダウダするのはかなり得意なのでお気に入りの椅子と毛布、寝袋などを車から引きずり出し、友人の隠し持っていたウォッカをぐびっと仰ぎながら、映画やブラザーノーランドのライブを楽しんだ。実は本編のサーフィン映画「The
Ride」の始まる頃はすっかり寝てしまったので映画の内容は全然覚えていないのだが、息子に言わせれば「まあまあ」とのこと。正直言って映画だけを楽しむならちゃんとしたシアターの大型スクリーンの方がいいと思う。ただしマウイの星空の下の映写会は別の意味でとても贅沢でした。一応月に1度開催予定らしいので次回もまた行こうかなとちょっと企んでいます。 車1台15ドル、最大で大人4人まで、子供は無料でした。 |
 | チビイザリ君 |
 | ついに、というかやっぱりというか、密かに自分に課していた「ホロホロ日誌は最低でも月に2回は更新するぞ」のおきてを破り先月は一度しか更新できなかった。全国津々浦々の隠れホロホロファンの皆さま、ごめんちゃ。更新できなかったという事は公私とも忙しかったわけで今日は本当に何週間ぶりのオフを楽しんでいます。私の生活を知ってる人は「いつも仕事は昼で終わってるじゃん」と思うかもしれませんが、4時間たっぷりと海の真ん中で潮と紫外線を浴びた身体はお昼に帰宅すると「ビールビール」と喘ぎ、1本目で人心地つき、2本目でややクラクラし、お昼ご飯とともにたしなむ3本目の終わる頃には「とりあえず今は誰がなんと言っても好きな本を読みながら冷房をONにしてベッドの上に横たわるノダ」以外の何も考えられなくなり、そのまま昼寝、というやや墜落したプチアルコホル中毒生活を送ってしまう。いかんなぁ。 ここの読者は海好きが多いけん、(そそ、最近は熊本の子供とよく遊んでました)今回は久しぶりに海の話を書いてみようかと思う。実は一月ほど前から噂に聞いていた小指の爪の半分ほどの黄色いイザリウオを探していたのだが3度目のダイビングでやっと見つけた。私は決してロリコンではないが実際にこの小さい奴を見るとこの世の物とは思えないほど愛らしい。体調5ミリほどなのに真っ黒いくるくるした瞳とパクパクしてる口元は何十分見てても飽きない。例年イースター休暇のこの時期になるとイザリウオの赤ちゃんがよく見られるのだが、これだけ小さいのは数年ぶりにみた。というわけで見つけた次の日にはニコンF90に60ミリのマクロレンズ、Sea&Seaのハウジング、小さ目のストロボをセットし恋人に会いに行くように心を昂ぶらせながら水中に潜っていった。最初の10分ほどは姿が見つからずやや焦ったが、岩の亀裂のはるか下のほうにようやく黄色いごみ粒のような愛しのイザリーを発見、お互いに再会を喜び合った(?)。水深が浅い上、頭上には南のうねりが発生していたので、身体が前後に揺さぶられて撮影は難航した。それでも水面のうねりに逆らいそこら中にあるガンガゼと馬糞ウニに気をつけながら肘とヒザをツッパリ体を安定させ36枚のフィルムを使い切った。しかし上がってきた作品は日頃のいい加減さと腕の無さが露呈されピンがあってないのやらポートやレンズの埃が写り込んでしまったのやらで「ンだよ-」ってのが多かった。つーことでこの超チビイザリーが大きくならないうちもう一度挑戦しにいこうと思っている。そだそだ、この機会に誕生日にスライドフィルムをプレゼントしてくれたロバ助にも礼をいっておく。ありがとよー。 それにしてもデジタルの手軽さに比べ撮影→フィルムだし→受け取り→スキャンと数日かかる行程にはちとうんざり。D100のデジタルハウジング20万円ナリが欲しくなってる今日この頃。危ない危ない。 |
 | Maui No Ka Oi!! |
 |  | | 数年ぶりに友人のチャーとテツとゴルフをやった。あいかわらずコシャクなスポーツだ。 |  | | キャンプをしサーフ三昧、息子達は翌日5時に起きて波乗りに出かけていった。 | 先週は斎藤哲夫、ディランU、西岡恭三、はっぴいえんどの4枚のCDがアマゾンから届いた。30年余りの歳月を超えてマウイ島の空の下で聞くディランUの「君の窓から」のイントロが聞こえてきた時はマジ鳥肌物でしたぜ。 20日に息子が14歳になった。親からは兼ねがね欲しがっていた写真の撮れる今風携帯電話とボブマーレーのCDをプレゼントした。彼の音楽の趣味も下品なラップから卒業しつつあるようで(ラップ、クラップ!)やっと私にも聞けるようなものになってきたのでホッとしている。 プロサーファーの細川哲夫氏が雑誌の撮影でマウイ入りしているが彼は本当に運のいい奴で撮影絡みで私のボートに乗ったときも初日にはバンドウイルカ、2度目にはハシナガイルカに囲まれ、すでに時期外れなのにザトウクジラまで親子でブリーチング(ジャンプね)してくれた。ずっと無かった波のほうも24日から巨大な南うねりが入りだし、南西に面しているサーフスポットは全て炸裂。中でも年に数回しか姿をあらわさない世界最速のマアラエアのチューブが顔を見せ、島中のチョウマサーファーの熱いセッションが繰り広げられていた。水中カメラマン、ビデオマンも集結しほとんどクローズと思われるチューブからサーファーが出てくるたびにギャラリーから歓声が上がった。 我々はきたる南スウェルのヒットするあるサーフポイントのそばでキャンプをしカレーを食い酒を飲み星を眺め早寝し翌日早朝からサーフィン三昧の日々を過ごした。このうねりは結局3日間続き、我が妻は目の前の波に気持ちを奪われ携帯電話を水着につけたまま入水、撃沈させ、我が息子はクリスマスにマット木下にカスタムで作ってもらったばかりのショートボードを大波でこわし入院させ、私はいつものOLEおじさんの板から少し短いクリスに削ってもらったWater Manの板を持ち出し老体に鞭打ち楽しんだ。 そんなわけでここ3〜4日のダイビングは波と風の影響でイマイチだったが海も落ち着いてきたので明日辺りから回復するでしょう。それにつけても海が凪げば釣りやダイビング、波が入ればサーフィン、風が上がればウインドやカイトサーフィンを結構いいレベルで楽しめるマウイ島は人が増えてきたとは言えやっぱいい島だなぁ。あ、ついでだけど海遊びが出来なくなったらビール片手にビーサンゴルフもできるしね。洒落でね。 |
 | 大工(デイク)デイズ |
 | ここのところホームページの更新をサボっていたが、人生をサボっていたわけではなく、かけがえの無い貴重な時間を過ごしていた。数年前、獅子座流星群の降り注ぐ頃に親方と喧嘩して「面白くねーから、明日行くから!」といきなり電話してきて、空港でチケットを買い本当に次の日マウイに来てしまった新潟の大工の友達がホロホロネタになったのを覚えている人はいるだろうか。前回はそんないきさつがあったので、ホロホロでは「てやんでぇー大工」と紹介していたと思うが、今回はちゃんと計画を練り「何月何日に行くから」と連絡があったので、こっちも受け入れ態勢万全で、どうせくるなら「こんな事をしたいのだが」と彼に相談した。ちなみに彼の名前は五十嵐と書いてイカラシという。これをイガラシと呼ぶといきなり機嫌が悪くなるので気を付けよう。釣りバカ日誌のハマサキ君みたいだ。おっとそんなことはどうでもいいのだが、とりあえず大工仕事の依頼内容はバスルーム二つの改築と、さらに居候が多いので部屋をひとつ増やすというものだった。 「何とかなるんじゃないの」という彼の一声で、彼の呼び名は「てやんでぇー大工イカラシ」から「棟梁イカラシ」にいきなり格上げされた。日本からノコギリやトンカチ、その他の大工道具を持ってマウイ入りした棟梁と私は実に7日間働き尽くめで立派なバスルーム2つと新しい部屋をほぼ作り上げた。海で波乗りしたがる棟梁を「波ないぜ」といいくるめ、毎日働いていたら「そうか、マウイにはきっと海はねぇんだな」と最後にはあきらめてくれた。私も彼の指導のもと水平定規片手に口にクギを何本も突っ込みプロの大工を気取っていたが、所詮彼の足元にも及ばず、口にクギをたくさん突っ込むとよだれがダラーっと出てくるのだけがよくわかった。 我々の仕事中にも色んな人が遊びに来たので、バスルームに張るタイルにそれぞれ絵を書いてもらった。20枚ほどの絵タイルを規則正しく貼るとバスルームもかなりユニークで良い感じになった。ところが目地入れの段階になってタイル上に目地を走らすとなんとオーブンで焼いたはずの絵はいとも簡単にはがれてしまい、白い目地の上には派手な各色の無残な残骸が残ってしまった。「あんりゃー」と私と棟梁は口をあんぐり。結局一所懸命描いた絵をまたもや一所懸命落とす羽目になってしまい友人たちは大笑い。いやはや、またまたオチを作ってしまったぜ。
何はともあれ、大まかな形は出来たので昨日は棟梁と一緒に夕方波乗りセッションに行った。波はとても小さかったが、棟梁は真っ赤に燃えて沈む夕陽を見ながら「あー、やっとマウイに来たぜ」と感激しながら四百何十日ぶりの波に乗っていた。
PS タイル貼りを楽しく手伝ってくれたキョージュ、ユニークな幻の絵を書いてくれたヒロポン、ルミコ、ミホ、ミカコ、KAZUMA、「米を食わねば仕事になんねぇ」と朝からわがままをいう男達の希望を聞いてくれた飯炊き隊長カナブン、そしてもちろん素人の私が思わずうなってしまうような芸術的な大工仕事をトンガンの10倍の速さでこなしてくれた棟梁イカラシ君に感謝! |
 | 本と鯨とお嫁さん |
 | ポストを覗くと友人アサボンの処女本が命令したとおり(笑)サイン入りで届いていた。タイトルは「プンダリーカ」という。精神世界の本、と聞いていたのでヤバッと半分思いながら揺れる船の中で読んでいたが、わりとカジュアルで読みやすかった。不覚にもプロローグで涙腺がちょっと緩んでしまったのは全く予想外で面食らってしまったが、「子供のときは心のままにもっとちゃんと生きてた気がするよ」みたいな一節にちょっと触発されてしまったのだ。そうだよな、いつからちゃんと泣いたり心の底から笑ったりしなくなったのだろうな。知らぬ間に心をガードして感情をコントロールしちゃってるんだろうな、でもあまりに感情に素直だとそれはそれで困るのだろうな、などといろいろ考えさせられた。アサボン入魂のこの一冊、マインドトリップしたい世の女性と私のような繊細な男性(?)は是非「プンダリーカ」を一読あれ。 今日遂にうちのダイバーがクジラに水中遭遇した。新月でカレントがはっきり見えるほど流れが強いので水面に浮かぶ小さなオレンジボールを持たせて飛ぶようなドリフトダイブをした。これだとダイバーがどこにいるか一目でわかるので見失う心配がない。そのオレンジボールの横30mほどを3頭のクジラが横切っていったので、きっと下のダイバーは見ているだろうなと、ボートから見守っていた私は思わず「YEA〜」と大声をあげ、回りの船から奇妙な目で見られた。船に上がったダイバーに聞くと前の二人ははっきりクジラを見たが、残念ながら後ろのダイバーには見えなかったそうだ。私もクジラと泳いだ事があるが、彼らのスピードは身体の動きからは想像が出来ないほど速い。まあ、しゃーないさー。 数日前にマウイ島でクジラが漁船に轢かれる事故が起こった。ラハイナ近辺のサーフポイント沖で轢かれた子クジラは、午前中からずっとその場所にいたようで私の知人を含む多くのサーファーがその子クジラの所までパドリングしていき触れるほどの距離で長い間遊ぶ事が出来たらしい。その子クジラが同日の午後に轢かれたと知り、彼はショックを受けていた。一概に漁船を責めることも出来ないが、この時期のボート操船は楽しい半面危険も多い。スピード全開で突っ走るボートは全て殺鯨未遂罪で捕まえるべきだ。 ホロホロ日誌をサボって今月前半は何をしていたかというと妻側の親戚とその友人が我が家のコテージに泊まっていたので、一緒に遊んでいました。ワインを持って夕焼けを見に行ったり鯨を見に行ったりダイビングをしたりサーフィンをしたりとこっちにとっては普通の生活なのだが、彼らにとっては海にべったりの目からうろこ生活だったようで、口元がいつもニヘラニヘラしていた。彼らがお土産に持ってきた「百年の孤独」という宮崎の焼酎があまりにも美味いので久しぶりに夜中の1時過ぎまで飲み飛行機話と船の話に花が咲いた。このメンバーの元デルモのシホとパイロットダイスケの出来すぎた美男美女カップルはほっといて、その友人パイロットのブシを今回は売り出そうと思う。年のころ30歳の料理好き、月に10日は外国で家にいない。バラを育てるのと紅茶を炒れるのが上手い。スケボもダイビングもサーフィンもちょろっとできたので運動神経は悪くないはず。どう?どう?どう? 以上興味がある方はゼログラビティ人事課サイタヒロユキまで写真とスリーサイズを添えて「ブシ君のお嫁さん希望係」までお申し込みください。採用見込みの方は個人面接が控えております。 |
 | Slow Life |
 | 今日は久しぶりの休みで子供も妻もいないはっきりと自分の思考どうり過ごせる大切な一日だ。コンピューターに目を通し朝のコーヒーを飲みながらざっと一日の計画を立てた。まずは以前から考えていたコテージ前のススキみたいな塊を引っこ抜き、誕生日に友人にもらったモンステラをその場所に植えかえる作業をした。そして庭の片隅に雑草のように生えていたファーン(シダ)を見つけたので植木鉢に植えて玄関の横に置いた。ぐるっと庭を回り雑草を取っていると、今度は小型パームツリーみたいなのを見つけたので、それも家の花壇(草壇)に移動して活けてみた。どれが生き残るか知らないが、こんな土いじりの作業が潮に乾いた身体には愛しく楽しい。私がゆっくりと雑草を抜いている間に隣りの親父がピットブル2匹の散歩がてら通りかかったので立ち話。その先のサーファーオヤジはもうすぐ来る予定の西うねりを待ちながら自分のトラックをゆっくりと洗っている。なんでもない普通の平日なのに大の男が三人もタラタラしているのが好ましい。昔日本に住んでいたときは平日は全ての男が会社に行ってしまい、遊び相手がいなくてつまらなかったものだ。私が幼稚園に息子を迎えに行くと回りは女性だらけでとても居心地が悪かった。
昨日外に出てちらっと見た夕焼けはそれはそれは見事だったが、カメラに収める間もなく沈んでしまった。こんなことが以前もあったので今度屋根の上に夕焼け展望台を作ろうかと思う。私の好きな夕焼けは水平線に平行した幾筋の雲があるときだが、昨日の夕焼けは雲ひとつ無い空に太陽が真っ赤に燃えて海の上にドスンと落ちた。まるで線香花火の最後の残り火のようでジュ−ッという音が聞こえてきそうだった。夏にはラナイ島に落ちてしまうサンセットも今の時季は海の上に落ちるので年間で一番きれいな時かもしれない。最近よく行く近所のカマオレビーチパークでは、いつの頃からか太陽が海に沈む瞬間にほら貝の大合唱が始まるようになった。後ろのコンドミニアムの老人達が毎日サンセット時に集まり太陽が海に落ちた瞬間に一斉にほら貝を吹き出すのだ。ときにはフライングして落ちる前から吹いたりするホラ吹き爺もいる。 何はともあれサンセットが迫るとどこからともなくギターや椅子、ワインやビール、犬や豚などお気に入りの小道具を持って夕焼け族が集まりだすカマオレパークのSlowな光景はどこぞの観光地に行くより、みんなに一番見てほしいものかもしれないなぁ。
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 | はうおりまかひきほう! |
 | このページを見てる皆さんはご存知だと思いますが、ハワイ語でハッピーニューイヤーはHau'oli Makahiki Hou!といいます。ちなみにメリークリスマスはMele
Kalikimakaね。可愛いでしょう。というわけで今年も去年のように正月がやってきた。12月は娘と私と犬の誕生日が重なり、クリスマスに正月とイベント続きで忙しい。そしてこの時季は学校や会社の休みを利用してくるリピーターや大波狙いの居候サーファー達で我が家はごったがえしている。 12月31日のニューイヤーズイブは8時ころから家の前で50ドル分の花火を派手に消化し我が家の犬ジンボは家の中でびくびくと怯えまくっていた。そして真夜中12時前には全員でウルアビーチまでドライブ。グランドワイレアの打ち上げ花火を鑑賞に行った。新年を迎えると我々海乞食集合体は今年もお世話になる海に感謝と安全を祈りシャンパンを注いだ。 正月の夕方からはKIKUテレビで放送するさっぱりわからない日本の紅白歌合戦を友人の解説入りで、みんなで見る。「ふーん、あれが森山良子の息子なのか」「ふーん、ツンクのプロデュ−スなんだ」などとどうでもいいことに適当にうなづく。私は、いも焼酎を飲むうちに不覚にも眠りについてしまったが、今朝になって可奈から面白い話を聞いた。 波を求めて世界中を回っている細川哲夫プロサーファーはいつでもラップトップを持ち歩いている。 彼曰く「サーファーってさ、コンピューター知らない人が多いから困るんだよね。その点僕なんか詳しいほうですよぉ。」「ところで可奈ちゃん○○ちゃんのメールアドレス知ってる?以前送ったんだけど、保存しなかったからわかんなくなっちゃったんだよね」 可奈「それって送信済みアイテムに入ってるんじゃないの?」 細川氏「…何、それ?」「あ、本当だ。あった、あった、すごい。じゃあ、書き写すから紙と鉛筆」 可奈「それって右クリックしてコピーして貼り付ければいいんじゃないの?」 細川氏「「…何、それ?」「うひょー、シラナカッタァ」 と、正月からいかにもプロサーファーらしいコメントをたれ、いつも「ヒロサン何も知らないから」とウエブ系の方々にバカにされてる私はその話を聞いて何故かとても嬉しかったのでここに記しておく。 ちなみに今日はコンピューターの不要なファイルを整理したり、寝室のコンピューターを友人のキョージュがアップグレードしたりして1日を過ごしたが、こんな事をロングボード界の貴公子に話してもわかんねーだろーなぁ、ククク。
マウイは今日で1週間ほど曇りや雨の日が続いている。南寄りの風なのでモロキニ島のインサイドは湖のように静かで良いダイビングが出来るがお日様が出ないので寒い寒い。サーフィンは北寄りの海岸がオフショアになりいい形の波が出現している。 今年も1年天候に左右される生活になりそうな我が家に、細川プロが立派な風見鶏をプレゼントしてくれた。この降り続く雨がおさまったら我が家の屋根に燦然と輝くはずなので、その時は写真発表しよう。その前に穴のあいた車の天井から雨がぽたぽた落ちてきてモウ、ターイヘンの林家三平。ということで今年も退屈しない1年になりそうだぜ。GASYO! |
 | 西北西のデカウネリ |
 | この1週間は西北西の大きなうねりがキヘイに直撃、私が船を出す港は二桁のサーファーが集結、波はオーバーヘッド、とても出航どころの騒ぎではない。モロキニ島のインサイドは洗濯機状態になっており、波が当たると10キロ以上離れたマアラエア周辺からもその水飛沫が見えた。南からのコナウインドはカフルイ方面の電信柱や大木をばったばったとなぎ倒し、停電騒ぎがあちこちで起こった。ビッグビーチは大波のため十何年ぶりに閉鎖、ワイレアのホテル前は大きく砂を持っていかれビーチが無くなり黒く丸い石だらけになっていた。北ではPIAHI、通称Jawsがこの1週間で2度牙を見せ、ジェットスキーを出すマリコベイのスロープが崩壊した。 という感じで海に携わる人々にはなんとも大騒ぎな日々が続いているが、こんな時でも太陽は燦々と出ているので海に関係ない生活を送る夜行性のRなどは「正月はすごい雨だったわねぇ、うっふん」とのんきな声を出していた。実際私は今日を含め今月だけでボートを5回キャンセルしているが、ウインドサーフィンやカイトサーフィンを教えている友人は貿易風が吹かないので3週間近くキャンセルしているらしい。
というわけで毎年の事だが海況の悪い冬は身入りが無いのでなるべく支出の無い遊び、つまりサーフィンをしたり写真を撮ったりしてエンゲル係数を下げて遊んでいる。 PS 上で話した我が家のバンの雨漏りはエポキシ樹脂をつっこみナンチャッテ修理、細川プロ贈呈の風見鶏は我が家の屋根にジャジャジャーンと燦然と輝いたがその後30ノットオーバーのコナウインドで根本から回ってしまいペケ、再び屋根に登り強固に固定しマウイプルーフにした。 |
 | Mahalo Tetsu! |
 | 昨日「帰りたくねぇー」と呟きながら寒い日本に帰っていった細川哲夫プロロングボーダーとの40日間以上の同棲生活(ドキッ)のあとなので、我が家は何となくぽっかり穴があいたような感じになっている。
なかでも息子の一真はプロサーファーのテツをかなり尊敬し慕っていたので口では言わないが、かなりがっかりしている事だろう。多くの子供達にとってプロサーファーとは憧れの職業で彼らの卒業アルバムには「MLTBAPS」つまりMost likely to be a Pro Surfer(プロサーファーになりそうな人)というページがあったりする。 テツのいた40日はいろんな人が来た。すっかり我が家のファミリーになっているカリフォルニアのジュリ、カツヤ、大阪の雄二、そして昨年のカリフォルニアサーフトリップでとてもお世話になった元プロのセイちゃん、テツの悪友ダンゴ、さらにテツ、カナ、ダンゴと同じ高校からヨーココバヤシとマユコちゃんも遊びに来てくれた。 彼のいる間は毎晩コンピューターでうねりと波と風の予測をし明日のポイント選びで盛り上がり、早朝1ラウンド、午後からもう1ラウンド、波のよいときは夕方にもう1ラウンド、そしてクタクタのゴムマリ化した身体をじゅり宅のジャクジーで休め夕飯の後はサーフィンビデオなどを見ながらテツのサーフィンアドバイスやプロの現実、世界の波、サーフトリップなどの刺激的な話が続きコドナ達(子供大人ね)は毎日目をぎらぎらさせて聞いていた。
 |  |  |  | | カツヤの頭をモヒカンにしたのは私です。おかん、ごめんなさい。 | スタイリッシュなライディング 口あんぐり | 夜はテツの出演してるサーフィンビデオ鑑賞 | ショートもやっぱ上手い。 そろそろ優勝か? | 2度と無いだろうというくらいのサーフィン漬けの日々はプロになる目標をしっかり持っているユージはもちろん、波頭軍団にはとても幸せな日々だったろう。この間ゼロのサーフポイントガイドに参加された方もラッキーだったと思います。私も彼と一緒に何度か海に入り目からうろこの一生の財産になるアドバイスを頂き、なるほどねぇーと感心した。。そしてハイアマチュアとは一線を隔てるプロの流れるような技には口あんぐり。サーフィンに情熱がある方なら初心者も上級者も家族や恋人や会社をほっぽり出しても細川プロのサーフクリニックには絶対参加した方がいいですよう。今度またそんな機会を作りますからねぇ、ぜいぜいぜい。 テツが帰った日に息子がクリスマスにオーダーしたKAZUMAシェープのボードが出来上がった。半分は彼が家の手伝いをした金で支払い半分は親からのクリスマスプレゼントだ。彼にとって初めてのカスタムボードでKazuma to Kazumaと書いてあった。 |
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